会社の同僚であったA君は、遅刻や無断欠勤は皆無のとてもまじめな青年であった。
しばらくの間は会社のある市街地から少し離れた実家から通勤していたが、任される
仕事も多くなり、帰りも遅くなる事が多くなってきたので、近くにアパートを借りる
ことに決めて、どうせ寝に帰るだけだからといって家賃の安いアパートを探したらし
かった。
A君が、アパートに引っ越してからしばらくして、A君の様子が少しずつ変わり始め
た、何となく落ち着かない風になり、仕事の切りがつくまで遅くまで残業していたの
が、急に仕事を中途で上げて定時に帰るようになった。怪訝に思った同期の同僚が、
A君に「彼女でも出来たか?」と冗談まじりに訊ねると、真顔で「実は、そうなんだ」
と答えたと言う。
そのうち、あのまじめなA君が、度々、遅刻や無断欠勤するようになり、会社に出て
きても正気無く殆ど仕事もできない様子で、とうとうある日、無断欠勤したまま幾日
も会社に出てこなくなってしまった。実家に連絡を入れても帰っている様子がなく、
心配した上司が、A君と同期の部下を連れて彼のアパートと訪ねてみることにした。
ふたりが、アパートにA君を訪ねると、蒼白い顔をしているが当のA君本人が玄関に
出てきた。上司が「連絡もなく急に来なくなったので心配で様子を見に来た」と告げ
ると、A君はすまなそうな素振りで、どうぞお上がり下さいと言う。ふたりが上がっ
て部屋の様子を見ると、独身男性の部屋にしては随分綺麗に整っていて、まるで女性
と暮らしている のではないかとその時、ふたりとも思ったそうである。
「躰の具合が悪いのか?」と上司が訊ねると、A君は「それは大丈夫です」とうつむ
きながら答えた。更に「仕事が嫌になったのか?」 とか色々訊ねたが、すべて、そう
ではないとA君は答えた。しばらく沈黙が続いた後、おもむろに、A君の同僚が「も
しかして悪い女にでも引っかかったのではないのか?」と問いただすと、A君が驚い
たように顔を上げ、慌てながら口に人差し指をあてて、「言わないでくれ」という身
振りをした。A君の狼狽ぶりを不審に思った同僚が小声で、「誰か居るのか」と更に
A君に問うと、「箪笥の後ろにコレがいるんだ」と今度は小指を立てて背面の箪笥を
指した。
「箪笥の後ろ?」ふたりは一瞬首をひねった。A君の後ろには確かに小さな箪笥があ
ったが、その後ろは壁だったからである。誰もいるはずがない。しかしこんな状況で
A君が冗談を言うとも思えず、箪笥の後ろに何か仕掛けられているのかと、最初にA
君の同僚が箪笥の後ろの隙間を覗きこんだ。そして、彼は「あっ」と言ったまま動か
なくなり、顔から血の気が失せていった。
「どうしたんだ」とただならぬ様子に驚いた上司が駆け寄り、続いて彼も箪笥の隙間
を覗き込んだ。するとそこにはエプロン姿の等身大の女性が幅3センチの隙間の中に
座っており、彼に向かってぺこりとお辞儀をし、心配そうな恥ずかしそうな顔をして
頷いていたのである。
「実は、アレが寂しがるので、ついつい会社を休んでしまったのです」とA君はふた
りに説明したが、もうふたりとも完全に肝を潰してしまい、帰りの挨拶もそこそこに
逃げ帰って来てしまったと言う。
結局、その後A君は会社を辞めて、そのアパートからも居なくなってしまい、今はど
こでどうしているのかはわからないが、 今でも薄い彼女と一緒に居るのなら、幸せに
暮らしている事を願うばかりである。
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